「トラブルメー力ー」


 

紙 二 重 作




「いや〜やめて、お願い、森山さん、もうやめて」真由 子は、少し酔いが廻ったハスキーな声で、私の手を振りほ どこうと真剣な顔つきで私に何回も懇願するのだった。
 しかし、私はそんな真由子の声を「大丈夫、大丈夫」と やさしくさえぎり、腰から腿の当たりをしっかりと抱きし めて身体の自由を奪った。
だって、やめてやめてって言ったって、隣のソファーでは、 男女が析り重なって、奥さんと思える人が
「あなた〜こんな所でやめて〜」
と息を弾ませた喘いだ声で言いながらしっかりと抱きつい ているんだもん。
不肖、森山も男です、やるときはやります。
でも、一応、理性も参考に呼び出して聞いてみたところ 『やめちやいけないよ、しっかり抱き締めなさい』と応 援してくれました。
 そこで、遠慮なく押さえ付けやすいように私の身体を上 に持ってくると、私の顔はふっくらながらも力強い弾力を 持ったお腹と胸のちょうど真ん中当たりに落ちつき「ドク ン、ドクン」と激しく波打つ鼓動を耳にするのでした。
それでも、まだまだ真由子ちやんの「やめて〜」コール は続き、かよわい力で私の手を身体から引き離そうと無駄 な抵抗を試みています。
 男って奴はこうなると相手の戦意を削ごうと余計に燃え るんですよね「いい加減におとなしくしろっ」て言葉と同 時に『ビシッ、パシッ!』と二・三発、顔面に手が出てし まいました。
 ワオッーこれってエロチックパイオレンス?
『ああぁああ〜もう我慢できない…』

…ちょっぴり、エロ小説風のスタートとなってしまったが、 これはつい最近の小学校PTAの飲み会の実話なんですよ、 お父さん。
 こんな風になったいきさつだって、もとはと言えば酔っ 払ってガマンができなくなった五十男が、いきなり右手に 持ったXXXX上下にゆすり、発射したその白い液体を私 の隣の女性の首筋から背中にポタッ、ポタッて垂らしたか らなんですよ。
 その女性は、さすがに前副会長だけあって「やあね〜」 と軽く言って、黙ってハンカチで拭いて見せましたけどね。  しかし、これがみんなの理性を吹き飛ばす原因となって しまったんですよね。
 全部書いちやっていいのかなあ、皆さん、期待している ようですから、元PTA会長の私がPTAの内情って奴を ご紹介しましょう。
 じつは、今日は、長北小学校が交通安全優良団体の県表 彰を受けたお祝いで大いに盛り上がり、町長、町会議員、 教育委員、区長、校長・教頭・先生・PTA会長・PTA 会員の二十数名で、大挙して二次会のスナック『青い靴』 に来ていたときのことです。
『よおしっ』今日のカラオケは相川七瀬「トラブルメー カー」を歌って一発かまそうかと思っていた私は、一次会 でその曲が無かったので、この店で、早速ソクエストしま した。
『オマエ、歌ったことがあるかよ?』『全然無いよ、でも 車のカセットで年中聞いているよ』…『もしかして、この 前もそれで失敗したんじやない、チャレンジ精神はわかる けど、オマエって音痴だけどめげないね』
…心の声の会話にちょっぴり弱気になった私は、隣にいる パレー部のキャブテン真由子ちやんに「一緒に歌って」と 誘いましたが「ああだめ、それ知らない」と断られてしま いました。結局、曲の途中から入ったせいもあり、最初か ら外れっぱなしのメチャクチャでみんなに大笑いされてし まいました。
席に戻ると真由子ちやんはちょっぴり慰めてくれました が、すでに校長の話し相手となっていました。
 間が持てない私は、他の席に目をやると、まだ三十代前 半の春子ちやんが一人で寂しそうにしているので、気配り の私は彼女の側に座り、冗談など言って会話を弾ませるの でした。…だけど、いつもその位、気配りの私ですが、ど ういう訳かPTAの奥様方にはその気配りを勘違いして貫 えず、何も起きずにちょっぴり不満なのです。

 さて、春子ちやんと話が盛り上がっていると、左奥の男 性が立っているのが目に入ったのと同時に右手に持ったビ ンから白い物があふれ出ているのが見えた。しばらくする と…
「やだ−」の声とともにPTAのみんなは天井の壁を見て いるのだった。そして、それは、ポタッ、ポタッ、と私の 左隣の女性をも襲ったようである。どうやら白い液体の正 体はビールで、さっきの男性が故意に発射したらしい。 白い液体の発射には慣れているPTAのご婦人方ですから、 この位では驚きません。私だって、被害者では無いので、 おかまいなしです。
 ところが、この席を取り仕切っていると自負するボスザ ルの心境としては、許せなかったのでしょう。よせばいい のに、うちの校長は親分肌で威勢がいいので、サッと立ち 上がると「何をすんだ」とカッコ良く言ってしまった。あ とは、売り言葉に買い言葉、まずは口喧嘩が始まった。 「あのくらい、大丈夫だよ」と心配する春子ちやんをな だめて、余裕で話を統けていたのですが、向こうはだんだ んエキサイトしてきたようで、どうやら、すでに席を立っ て止めに入った何人かの人間も含めいざこざが始まったよ うです。そして、遂に手が出始め乱闘ぎみになってきまし た。
 すわっ、こりやいかん、さすがの私も席を立ち、急いで 止めに入った。とりあえず、手を上げている男牲のまわし …失礼!ベルトを掴んで寄り気味に相手と引き離しながら、 耳元で「わかりましたから、やめて下さい」「わかりまし たから、やめてドさい」と繰り返す。
 しかし、なかなかカのあるおじさんで相手を掴みにくる ラリアット気味の右腕が顔に命中、メガネが飛ぶ、拾いに 行きたいが手を離すわけにもいかずメガネをあきらめる。 (エラィッ、涙の選択…離せば絶対引き落としが決まってい たのに惜しい!)
お返しではないが、やけくそ気味に押し返した時にカが 入り、おじさんのベルトのタックを一本切ってしまう。 (ごめんなさい)
このあとお互いの重心がくずれ、女性の悲鴫「キャー」 と椅子・テーブルをみちづれに床に倒れ込む。下手投げで、 私の勝ちのところ、同体とみなした審判、もとえ、同級生 で力自慢(綱引きの)の現PTA会長の佐久田が「やめろ」 とカまかせに引き離す。
 一同、「ワーッ」と間に入る。
…有り難いことにさっき話し掛けた春子ちやんが「森山さ ん大支夫」と心配してすぐ後ろに来てくれている。
 だいたいこの辺で一同冷静になり、喧嘩相手ぱ双方抱え られて席に座ったようである。間髪を入れずに、私は春子 ちゃんから捨って貰ったメガネを掛け直しながら「はい、 みんな座って、座って」と落ち着きを取り戻させる。
 そして、急いで店のカウンターに行くとビールー本とグ ラスをすぐ出して貫い、おじさんのテーブルに謝りに行っ た。
「すみません、美味しいお酒を飲んでいたところを申し 訳ありませんでした、お詫ぴの印に一杯つがさせてくださ い」
 たいがい、謝罪すれば許してくれるものである。
その人もグラスのビールを一気に飲むと返杯してくれ、 「今日は何の飲み会だい」と聞いてきた。
「私の方はPTAのお祝いがありまして」と正直に答えた。 すると、おじさんはちょっと意地悪な目をしたかと思うと 「あの中に町長がいるだろ」とめざとく指摘してきた。
一瞬、答えに詰まったが「町長はいないですよ、校長は いますけどね」と町長をかばい、その場を取り繕った。
…弾みとはいえ、校長とつい言ってしまったのはまずかっ たなあと反省していると、そんな心配はすぐ無用となった。 「森山会長、なに謝っているんですか、会長がそんなこ とする必要無いですよ」と人の苦労を水泡に返そうとする、 アホ校長の声が間こえてきた。
 せっかくの苦労が無駄になるといけないので「どうも、 申し訳ありませんでした。ゆっくりやって行ってください」 そう言って、早々にその席から戻ってきた。
一件藩着、何とか落ち着いたようだ。
…だけど校長、後で聞いた話だけど、うちの教頭がそのテ ーブルの女の子にちょっかいを出したから、おじさんが怒 ったって知ってた、知らないから、言えるんだよね。

 そう言えば、私は何故か、喧嘩の仲裁が多い。
 中学生の頃の親父とお袋の夫婦喧嘩、高校生の修学旅行 の旅館で他のクラスからの殴り込み・北海道旅行のとき労 務者気味のおっさん同士の喧嘩、内房線車内の喧嘩・義兄 宅に同僚が角棒をもっての殴り込み・第一次、第二次嫁姑 戦争の仲裁と数をこなして無難に納めてきている。
 こつ、などと言うと「おまえのそういう態度がむかつく んだよ」と止めに入って、ただ一度だけ殴られた元同じ職 場の古川さんの言葉を思い出すが、一番大事な姿勢は怒り を持たない、向けない、返さない事です。
 そして、話し合おうと相手に伝える事です。あとは、 その人の言っていること(言い分)を理解してあげること です。
 郵便局の苦惜処理だって、同じですよね。相手の怒りが 取れれば余程の事でない限り、こじれたりしませんよね。
 だけど、この文書を読んでいて、私が何故謝らなければ いけないのかと思っている人や、この後に出てくる火付け 役みたいな人はけして、仲裁に入ってはいけませんよ。

さて、スナック『青い靴』に戻り、いよいよ、真由子ち やんの出番です。乱闘のあと、落ち着いて十五分位したこ ろ、場も白けたので、『帰ろう』と言うことになった。
 先程のおじさんもカラオケなど歌い機嫌も直ったような ので、一声掛けて帰ろうとしたときのことである。
 中学の時の同級生、赤井も同じ事を考えたのだろうか、 にこやかに、明るい声でおじさんに話し掛けている。
「よう、おじさん、俺が止めに入ったとき、俺のこと殴っ たの覚えている」…げぇ、そんな事、普通言うかオマ工! 赤井にすれば、明るい口調で言っていたので
「だめだよ、あんなことしちや」とか、一言おじさんから 「あ−そりや悪かったなぁ」の軽口を聞きたかったらしい がおじさんは、少し「ムッ」とした表情で
「あんたぁ誰だい、名刺でも持ってないかい」
「名刺は今もってねえんだけど」
この危なっかしい会話を聞いていた私は、脇から、
「私ので良ければどうぞ」
「ああ、そうかい、俺はこういうもんだよ」
「だけど、あんた一言も謝ってくんねえね、だったらこん な名刺いらねえよ」
と差し出された名刺を突き返し、席を立ってしまった赤井、 「何だあ、あの若い奴の態度は」
一気に怒りに火が付いたおじさんは勢い良く立上がり、 飛び掛かろうとする寸前に、私が再び腰にタックル、隣に いた奥さんは旦那(おじさん)に必死にしがみつき『やめ て〜と絶叫』ここで、真由子ちやんが「いや!やめて、お 願い、森山さん、もう止めて」と止めに入ってくれたので ある。
 おまけに、おじさんの兄さんがいたので「いい加減にお となしくしろっ」て言いながら「ビシッ、バシッ!」と愛 のムチまで飛び出す修羅場でした。
…残念ながら最初に期待を持たせたところの真相はこれな んですよ。…でも描写にウソはないよ、想像し直して見 て?

 結局、喧嘩相手がいなくなれば、納まるのが喧嘩の一つ の道理で、気に入らない選択ではあったが、私たちは店の 外に出て感想戦に突入して『ああでもない、こうでもない』 と身内話に花を咲かせて宴会と乱闘はジ・エンドとなりま した。
 でも、まっいいか、真由子ちやんが必死になって僕の手 を握りながら店外に連れ出してくれたんだから、良しとし よう。
 しかし、店の外に出たとき、人が一生懸命止めに入って いるのに「あの親父、倒れたすきに蹴飛ばしてやった」と か「私なんか、少し、ひっばたいてやったわよ」などと自 慢している人間は、ちょっと頂けませんでしたが、その実、 私の心も同じように弾んでいたんです。
「なんか、たまにはこういう事があったほうが人生楽し いと思いません」
 ほんの少しの嘘くらい笑ってすませりゃいいじやない ♪何故だか今夜はこんなに 言葉のナイフ止められない♪ …相川七瀬の「トラブルメーカー」が聞こえてきそうだ ps 念の為に、他のPTAはいざ知らず、PTAは酒を 飲んではしゃいだりしますが、モラルは高いんですよ、初 めの部分で勘違いした人、そう考えるのはあなたの心次第 なんですよ。「一番、想像しているのはオマエだろ」って、 その通り、私も嫌いではありません。
 人間のイマジネーションに乾杯!


     作…1997年、冬


   


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