蛇谷の柳(じゃやつのやなぎ)

  昔々、ここいら辺の房総の山々は九十九谷と呼ばれるほど入りくんでおり、そんな山々の獣を日々の糧とした大蛇が住んでおったそうな。
 何でも腹の太さは樽ほどあり、長さも何丈もあったそうだ。
  しかし、そんな大蛇であったが人々が種子島(鉄砲)を持って猟をするようになると大蛇のえさになる獣は少なくなり、年はとって寿命は近づくはで、とうとうあの世のことを考え始めたとのこと.
 そして『もうじきあの世に行くならば、地獄に落ちぬよう、お釈迦様の導きを頂けるように偉いお坊様のいるお寺に行って血脈を貰いたいものだ』と思いました.


 そこで、ある晩、大蛇は若い娘に化けると、上総の国は長南の宿にある大林寺にやってまいりました.
 「もしもし、お坊様・・・」「今晩は、お坊様〜」  若い娘に化けた大蛇がお坊様を呼び出すと 「お坊様はたいそう偉い大僧正とお聞きしています、ぜひ、ありがたいお釈迦様の血脈を頂けないでしょうか」と申し出ました.
 しかし、さすがはその当時に名前の通った大僧正でたちまち大蛇の正体を見破るとこう言ったそうです.
「これ娘、おまえは人の姿はしているが物の怪ではないか、お釈迦様の血脈が欲しいとはどういうことか?まずは正体を顕わしなさい」
 さすが噂に聞こえる大僧正、大蛇も正体を見破られてはと観念しました.
「私は、このような物でございます」  近くにある松ノ木に巻きつきました.(すると大きな松ノ木に七回り半あったそうです)
 これには、大僧正もビックリしたそうですが、大蛇の話に「そうか、そうか」と聞き入り、「それは難儀なことだ」と言うと、 「この血脈はお釈迦様の悟りに通じるものだ、安心して成仏しなされ」こういうとお釈迦様に授かった血脈を与えたそうです.
 すると大蛇は大僧正にたいへん感謝して、姿を娘に戻すと深くお辞儀をしてお寺を去ったそうです.
 そうして、長南の宿からやや離れた蔵持という山村の深い谷に入り込むと山の陰に大きな柳の木を見つけました.
 丁度良いことに柳の木には枝が折れて「串」のように尖っていたので、この大蛇は貰った血脈を大事に身体にまとうと柳の木に体を巻きつけ・・・、一気に蛇頭を尖った枝に突き刺して、息絶えました。
 その時、さすがの大蛇も死ぬ間際は苦しくて柳の木を力いっぱい締め付けたので、その大柳もみしみしと音を立てて、ねじれて曲がったままになったそうです。
 しばらくすると大林寺の大僧正の話もあり、村人達が大柳に巻き付いて死んだ大蛇を憐れんで「あの世の道標」として、大柳の傍らに社を建立して大蛇の骨を奉納したそうです。やがて、その深い谷は蛇谷と呼ばれるようになり、大蛇が巻きついて曲がったままの柳は「蛇谷の柳」として広く知れわたるようになったそうです。
             おしまい


[余談] …残念なことにその柳は枯れてしまいましたが、その子どもの柳の木も不思議なことに蛇が巻きついたときのようにねじ曲がっています.(写真)  また、大蛇の骨を持っている家の方もいるそうで、父も見たことがあるといっていました.  最初は多くの方が持っていたそうですが病に効くということでほとんど削って飲まれてしまったようです.
 また、言い伝えには、村のお祭りがあり、この柳の木を切って「まな板」にして配ったら、このまな板で料理した人が原因不明の腹がねじれるような腹痛に襲われたという逸話も残っています.  

作…2002,1,26



  



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